軽井沢の別荘から移住・定住まで、 暮らし方・過ごし方からご紹介

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「軽井沢の父」アレキサンダー・クロフト・ショーってどんな人?

「軽井沢の父」アレキサンダー・クロフト・ショーってどんな人?

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Jan 07, 2016
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軽井沢は、何もずっと昔から別荘地としての歴史があったわけではありません。

避暑地として一躍名を馳せたのはおよそ120年前。かつて宿場町として栄えたものの、国道の開通で終わりを迎え町は閑散状態……

しかし1886年、偶然足を踏み入れたある一人の外国人によって状況が一変します。名前はアレキサンダー・クロフト・ショー。彼はどんな人だったのか?なぜ彼が軽井沢の父と言われているのか? そんな歴史を調べてみました。

 

◆初めて軽井沢を訪れてビックリ!仲間に紹介する

ショーはカナダ人のキリスト教の宣教師。もともと軽井沢に来る10年ほど前に、布教のため日本に訪れます。そして1886年。東京のうだるような暑さから逃れるため、避暑ができる場所を探していたところ、たまたま軽井沢を通りかかったそう。これが時代の変わる瞬間です。

一目惚れだったそうです。きっと「なんだこの緑たっぷりの場所は!」という感じだったのだろうと思います。そして彼の祖国であるスコットランドとどこか似た空気感……運命的なものを感じここで過ごすことを決意。のちに軽井沢の別荘第一号を旧軽井沢の大塚山に建てることに。

http://gansoutei.blog133.fc2.com/blog-entry-17.html

出典:http://gansoutei.blog133.fc2.com/blog-entry-17.html

当時、ディクソンという仲間とともに訪れており、感動のあまり2人で海外の仲間たちに触れ回ったのがきっかけとなり、続々と海外から人が訪れるようになります。これが「避暑地 軽井沢」のスタート。同時に、この場所で布教活動をすべく1895年には軽井沢の教会第一号である「ショー記念礼拝堂」の建築も始まります。

 

◆軽井沢に西洋の文化が花開く

万平ホテルに旧三笠ホテル、そして今でも残る30もの教会。軽井沢のそこかしこから西洋の雰囲気が漂うのはこの歴史が理由。特に万平ホテルは、それまで『亀屋』というごく普通の旅館でしたが、ショーの宿泊をきっかけに時代の変化を予感し、西洋の文化と、もてなしの流儀を取り入れ生まれ変わりました。

噂は日本人の間にも徐々に広まり、政財界の人たちを中心に避暑地としてどんどん人気が高まりました。当時は、外国人も交えて社交パーティーや音楽会が毎日のように開かれていたといいます。

軽井沢から感じる、日本と海外の文化がミックスされたこの独特の雰囲気。きっと当時うまく手を取り合うことができた証なのかもしれませんね。今の軽井沢の姿を奇跡と呼ぶ人もいます。

 

◆今でも残る別荘第一号と教会第一号

ショーの教会は1922年にはほぼ完成。最初のきっかけをくれた彼。横には当時の住民が寄贈した記念碑も置かれています。彼の別荘は、「ショーハウス記念館」として現在は教会の隣に復元されています。

http://karuizawa-kankokyokai.jp/news/10984/

出典:http://karuizawa-kankokyokai.jp/news/10984/

どちらも旧軽井沢銀座からは歩いてすぐ。

教会は日中に限り基本的に自由に出入りできます。記念館に入れるのは、7月〜10月までと冬季は残念ながら入ることはできませんが、夏のシーズンなら問題なし。休館日は木曜日です。中にはショーの当時の貴重な愛用品が残されています。軽井観光ならこの2つは欠かせないスポットですよ!

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